キャピテン・フラカス ―書評―

  • 2021年10月25日
  • 2021年10月25日
  • 小説

作品情報

タイトル:キャピテン・フラカス
出版社 :岩波書店
作者  :テオフィル・ゴーティエ
公開年 :1862年
ジャンル:フランス文学・冒険活劇

本作は19世紀フランスの詩人兼作家のテオフィル・ゴーティエによる、17世紀フランスを舞台とした冒険活劇小説である。

 

作者について

テオフィル・ゴーティエ(1811-1872)は南フランスの都市タブルで生まれる。
1814年、一家は首都パリに移住する。ナポレオンの没落により王党派の父親がパリに職を得たためである。
ゴーティエは自然豊かな南フランスが忘れられず、4歳にして自殺を考えるなど、子供のころから感受性が高かったことがうかがわれる。
中学に進学するも厳しい校則になじめず3ヶ月で転校、転校後の学校では自主的に勉学に励むところから、勤勉だが他人の干渉を嫌う性格のようである。
学校を卒業後、詩人として創作活動を続けるも、革命や疫病の流行、父親の失職などによる生活苦から、新聞記事で糊口をしのぐことになる。
生活苦で苦しみながらも、キャピテン・フラカスを刊行、作品は好評を博し苦境を脱する。
晩年は政府の支援を受け好調と思われたが、ナポレオン3世がプロイセンのビスマルクに敗北。
その煽りで政府の支援を失い、老齢の身ながら新聞記事で糊口をしのぐ生活に戻る。
ゴーティエと関わりのある文豪としてヴィクトル・ユーゴー(代表作:レ・ミゼラブル)、バルザック(代表作:人間喜劇)が挙げられる。

 

作品の背景・用語

時代
ルイ13世(在位:1610-1643)の統治する17世紀フランス。
絶対王政のもと国王や国王に近い貴族の権力は非常に強くなる一方、商業発達に伴う経済状況の変化により、地方貴族は財政難から没落する時代でもあった。
主人公の家も地方貴族の例にもれず、財政は主人公と年老いた召使いをかろうじて養える程度まで傾いていた。

地域
フランス南部ランド地方の片田舎から始まり、西部の地方都市ポワティエを経由、大都市パリで終わる。
田舎と都会では主人公たちの旅一座に対しての対応も異なっている。
田舎では迷信深い村人から怪しい魔法使いと疑われて襲撃されたり、追剥とグルになった宿屋に泊まったりと物理的に危険な目にあったが、
都会では贅沢な暮らしや異性からの誘惑など、精神的に危険な罠が主人公達を取り巻いていた。

文芸
ルネサンスの影響から世俗的な題目の演劇が発展をとげ、王侯貴族から庶民、大都市から地方の町まで演劇を楽しむ時代である。
本作でも主人公の同行する旅一座が、田舎町、貴族の館、地方都市、パリと公演している。

決闘
17世紀フランスでは貴族による決闘が盛んにおこなわれた時代である。
国王は決闘禁止令を出すも、禁止令を破った貴族を罰することは難しく、ほどんど効果がなかったとの事。
本作でも主人公と敵対する貴族の決闘は、人目につかない早朝の街外れでおこなっている。
決闘のルールは決闘する二人は同じ武器(剣または短銃)で介添人の立会いの下、片方が戦闘不能(負傷・降参・死亡のいずれか)になるまで戦い続ける。

身分制
絶対王政の時代は身分制の時代でもある。
貴族・平民の身分差や職業による差別が普通に存在しており、貴族達は平民の命など取るに足らないものと考えていた。
教会は旅芸人を堕落した人間と考え葬式や埋葬を断るなど、現在では禁止されている差別がまかり通る時代でした。
主人公は絶対王政の時代の貴族にしては珍しく、平民の旅芸人達にも礼儀正しく接するなど、ゴーティエの生きた19世紀の良識ある人物像を投影しているようだ。

 

登場人物紹介

シゴニャック男爵
本作の主人公。
剣の名手で、詩にも明るく誠実で寛大な心の持ち主。
優れた資質を持ちながらも、貧困と孤独に押しつぶされそうになっていたところ、館の近くを通りかかった旅芸人の一座とともにパリに旅立つことになる。
道中の事件により喜劇役者「キャピテン・フラカス」として舞台に立つ一方、恋人のイザベラを守るため、剣を振るって強敵と渡り合う活躍をする。

イザベラ
本作のヒロイン。シゴニャック男爵の恋人。一座では可憐な少女役などを演じる。
金銀財宝には目もくれず、人の誠意と優しさを評価する。
シゴニャック男爵を深く愛しているゆえ、女優の身分がシゴニャック男爵の出世を妨げると考え、求婚を断り続ける。

エロード
一座の座長。髭面の大男。
見た目や舞台の役柄から作中では「王様」「暴君」とも呼ばれる。
シゴニャック男爵のために悪漢を打倒すなど勇敢な性格をしている。
その一方、自分達に襲い掛かった追剥にたいしても、打ち倒した後に哀れみを覚えるほど心優しい人物でもある。

ブラジウス
一座の狂言回しにして、酒好きの老人。
普段はモテ自慢の俳優をからかったりとふざけた事ばかり言っている。
赤貧を恥じるシゴニャック男爵を励ますときは言葉の洪水を浴びせながら、彼に自信を持たせようと必死になる好人物でもある。

マタモール
非常に痩せ細った体と、傲慢な態度の演技で人気の喜劇役者。
道中、マタモールに起こった事件がシゴニャック男爵に喜劇役者「キャピテン・フラカス」を演じさせる原因となる。

アゴスタン
道中、旅芸人の一座に襲い掛かった追剥。
以前は数人の仲間と活動していたが、現在はシキタと二人で活動している。
投げナイフの名手で、投げナイフによる賭けに負かした相手すら賞賛してしまう腕前。

シキタ
アゴスタンの相棒の少女。
追剥たちの中で育ったため、人を殺すことに躊躇のない残酷な性格をしている。
仲間や親切にしてくれた人には忠実で、身の危険を冒しても助けに行くなど恩義は忘れない。

ヴァロンブルーズ公爵
家柄、財力、剣術、容姿、どれをもっても並ぶものなしの人物。
公爵家の跡取り息子として甘やかされて育ったため、傲慢不遜な性格に育つ。
イザベラに横恋慕し、シゴニャック男爵の前に何度となく立ちふさがる。

ジャックマン・ランプールド
パリに住む凄腕の剣客。
追剥・暗殺を職業としているが、不意打ちを好まず常に正面から勝負を挑む。
ヴァロンブルーズ公爵に雇われシゴニャック男爵に勝負を挑むも、シゴニャック男爵の剣の腕と寛大な性格に負けを認め信奉者となる。

ラマルチック
ジャックマン・ランプールドの親友にして、剣と策略にたけた男。
謀略を考えさせては当代一の劇作家よりも独創的で、変装させては座長のエロードすら感心する演技力の持ち主。
ヴァロンブルーズ公爵のため、イザベラ誘拐の計画を立てる。

 

あらすじ

ランド地方ダックス郷の貧乏貴族シゴニャック男爵の屋敷に旅芸人一座が訪れる。
旅芸人一座より一緒にパリに向かわないかと誘われ、家名再興の望みと一座の女優イザベラへの恋心のため、詩人として旅芸人の一座に加わる。
道中の事件により苦境に陥った旅芸人の一座を助けるため、貴族の身分を隠し、喜劇役者として舞台に立つ事を申し出る。
貴族の誇りと喜劇役者を演ずる事のせめぎ合いから生まれる葛藤が演技に凄みを与え、シゴニャック男爵の演じる喜劇役者は人気を博することになる。
一座の評判もうなぎ登りと順風満帆、パリへの道中も安泰と思われた矢先、ポワティエの街で偶発的なトラブルに巻き込まれる。
偶然、街で見かけたイザベラに一目ぼれしたヴァロンブルーズ公爵からの襲撃である。
ヴァロンブルーズ公爵の魔の手からイザベラを守るため、シゴニャック男爵は一座と協力して立ち向かうのであった。

 

感想

作者が詩人なだけあって人物・場景を描写する表現は非常に巧みである。
登場人物のセリフは軽妙かつ機知に富んだ言い回しで、悪漢の独り言すら読んで楽しくなる。
作品全体を通して陰湿なイメージを与える場面・人物は皆無で、純粋に楽しみたい時に読める作品である。
欠点は日本語訳の出版は1952年と古く、旧字体の文章のため現代人には読みづらい。
このため、本作の長所であるはずの人物・場景の描写部分が人によっては負担と感じる可能性がある。

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